ウェルトゥムヌスとポモナの逸話は,ローマの詩人オウィディウス(Ovid)の「変身物語」に登場します.森の精ポモナは果物の実りを育みながら,果樹園を荒らす異性を避けて,ひとり安らかに暮らしていました.その美しさに惹かれた男神ウェルトゥムヌスは,ある日意を決して,老女の姿に化けポモナの前に現れ,「ウェルトゥムヌスはたいそうすばらしい男だよ」とあれこれ例を挙げて薦めるのでしたが,その言葉では彼女の心を得られませんでした.とうとう本来の若い男の姿に戻って彼女を得ようとしたとき,ウェルトゥムヌスの魅力的な姿を見たポモナは一目で恋に落ちてしまうのでした.

 一般的にこの物語は一画面で二人の姿を描くのが通例ですが,1647年製作の「狩をするアイネイアス」と「ディードー」と同様,ここでボルは二人の主人公を2枚に分けて描いたものと思われます.残念ながら「ポモナ」の方は現存未確認です.
 ちなみにボル自身も後に少なくとも3点以上,この主題を一画面で描いています.


フェルディナント・ボル 「ウェルトゥムヌスとポモナ」(画布155x131cm;1648年;シンシナティ美術館)


フェルディナント・ボル 「ウェルトゥムヌスとポモナ」(画布124x133cm;1658年頃;現所在不明)


H.クーウェンベルクによる模写素描 フェルディナント・ボル 「ウェルトゥムヌスとポモナ」(画布135x120cm;1650年代前半)に基づく

 本作品には,Ferdinandiz Bol.F.(F.はfecit「...作」の略)という署名があり,これは1635年や40年の文書になされた署名と近似していることが指摘されています.ボルは1630年代の後半に(正確な年代は不明)レンブラントのもとで修行を始めるのですが,この作品は,その直前に描かれた現存するもっとも若い時期の作品として,ボルを語るとき必ず引用されます.すなわち,この作品の存在によって,レンブラントの影響を受ける以前にボルが相当の才能を持ち合わせていたこと,また,その作風は師であるヤーコプ・カイプ(風景・動物画家アルベルト・カイプの父)の属したユトレヒト派の影響を強く受けていたことが読み取れるのです.
 興味深いことに,ユトレヒト派の重鎮であったアブラハム・ブルマールトは,1635年に「老女の頭部像」を描き残していますが,本作品はこれに極めてよく似ており,そのモティーフを数年前にボルが知るところであったならば,ボル自身も1631ないし32年にユトレヒトで修行していた可能性が浮上してきます.

 この作品自体も「老女の肖像」とする解釈もあるのですが,ウェルトゥムヌスが持つ杖や白髪に被り物をまとうところが約束事のとおりで,(ポモナを)指差して説得する仕草からも,有力な研究者は「ウェルトゥムヌス」としているわけです.ただ原典では「色あざやかな頭巾」(岩波文庫 中村善也 訳)とあるのですが....


アブラハム・ブルマールト「老女の頭部像」(板37x28cm;1635年;現所在不明)