サミュエル・ファン・ホーホストラーテン(1627-78)はレンブラント工房で1640年代前半に学んだが,その後,騙し絵(トロンプ・ルイユ)や屋内遠近画法で名を馳せ,また「絵画芸術の高等画派入門」(1678年)などの著述にも秀で,優秀な師・指導者でもあった.本作を含め同モチーフのこれらの作品群は彼の晩年の作であるが, 17世紀アムステルダムにおけるピーテル・デ・ホーホの晩年の様式を模範としたといわれる.ただし,日常の営みから体験を呼び起こさせるほどの生気を押し付けているわけではない.「普通の人々にというより上流階級のために芸術はある」という寓意風俗画においては,その中にある物語〜逸話性と道徳性,例えば「若き母親」におけるはかなさの暗示,「病める婦人」における非難めいた意味など,を理解するのには,鑑賞者にも相応の知識が必要である.
 「病める婦人」で医師はご婦人の尿を検分しているが,彼女の病は恋の病,壁に架かる画中画は「ビーナスとキューピッド」,猫も情欲の象徴である.
 「若き母親」においては,当時乳児の死亡率は高く,初産の若い母親には子供の成長に一抹の不安もあったであろう.そして,子,母,老母と三世代を描いているのである.上記の「病める婦人」とは対作品であると考える説もある.


 なかでもたしかに,ハノーバーの「若き母親」は最も美しい作品と思われるが,本作も含めて,その丹念で精緻な作風とその構図はダウに始まるライデン細密派やテル・ボルフらの流れを汲み,これに古典主義的な滑らかな仕上がりと赤や黄〜金色など色使いの調和が加わって,小振りのカンバスの中の世界で独自の境地に達している.絹,ビロード,籐細工,毛皮,絨毯,金唐革の壁紙などの質感描写や空間の効果を描ききることでホーホストラーテンは第一人者であった.

 本作のモティーフは聖母子像を連想させるが,ホーホストラーテンにとってはいわゆる売れ筋だったようで,同題の作品は多い.なかでもハノーバーの作品はルネサンス様式のマリア像を髣髴させる.また,本作と,現所在不明・サイズ不明の下記作品とは母親の姿勢がきわめて類似しているが,子供はこちらのほうを見ており,画面左にだけ遠景が配置されている点で構図の安定感があると思われる.

 ちなみに,本作のタイトルは当館学芸員の命名です.書物に紹介されているタイトルでは「左に奥が見通せる,ゆりかごの子供と婦人」となっています.



サミュエル・ファン・ホーホストラーテン「病める婦人(往診)」(画布70x55cm;1670年頃;アムステルダム国立美術館蔵)


サミュエル・ファン・ホーホストラーテン「若き母親(初めての子供)」(画布66x55cm;1670年;スプリングフィールド美術館蔵)


サミュエル・ファン・ホーホストラーテン「若き母親」(画布48x40cm;ハノーバー・ニーデルザクセン州立美術館蔵)


サミュエル・ファン・ホーホストラーテン「若き母親」(現所在不明)


サミュエル・ファン・ホーホストラーテン「若き母親」(画布54x47cm;現所在不明)