本作品は,白と赤の衣装をまとい貞淑の象徴である真珠の装飾品をつけた婦人に窓越しの風景を配し,柔和な筆遣いで描かれたマース後期の典型的な作品である.
1670-80年代にマースが描いた明るい色彩の肖像作品は数百点に及ぶといわれている.これらは,やや小型の四角形の画布に楕円形に描かれた半身像か,やや大型の画布で噴水や円柱などに寄りかかった3/4身像,という二種類のフォーマットをとることが多かった.両者とも,日暮れの空のもと,テラスや垂れ幕などのある想像上の庭や建物を設定し,カールした長い髪は灰色や褐色で,サテンのような衣服は赤,青,橙,金あるいは紫色で輝きをもって描かれている.
この婦人の肖像画は,前所有者の家に1866年からオルデンバルネフェルト夫人として代々引き継がれてきたもので,板の裏面にもペン書きでその由が記されている.オルデンバルネフェルト家といってすぐに想起されるのは,ヨーハン・ファン・オルデンバルネフェルト(1547-1619)で,彼はスペインから独立後のオランダ共和国を設計した人物で,国家法律顧問としてスペイン戦争を1609-21年の12年間休止させた立て役者であったが,マウリッツがこれに反感を抱いたため,その後,彼は逮捕され,1619年処刑されている.はたして,この夫人が,ヨーハンの子孫であるのか,調査は困難を極めるが,もしそうならば名門の家系で,一族の一員はミヒール・ファン・ミーレフェルトらにも肖像画を依頼している.