高い視点から見える眺望を俯瞰した風景画は「パノラマ」と総称されるが,本作品のように水平線を画面下方に置き,縦横の比率が等しい構図はヤーコプ・ファン・ライスダールが好んで描いたものである.とくに画家の出身地のハールレムをこの様式で精緻に描いた一群は,親しみを込めて「小ハールレム(ハールレムピェ)」と呼ばれているが,本作品も永らくライスダールの作品と考えられてきた.
 リバプールの美術館が,以前の所有者であるヘイウッド・ロンスデールから寄託をうけ展示した際のカタログでも,一旦はケッセルの作である可能性を認めながら,後に「多分やや摩耗したライスダールの真筆の作品」とし,かつてM.C.G.de Candamoのコレクションにあったヤーコプ・ファン・ライスダールの「ハールレムの眺望」との類似性を指摘している.

ヤーコプ・ファン・ライスダール「ハールレムの眺望」(板, 37x42cm;HdG,Ruisdael,no.139b 個人蔵)

 ライスダール研究の大家スライブも,そのカタログにおいて,本作品をカンダモの作品に基づく,他の画家(恐らくケッセル)によるバリエーションと考えている.さらにケッセルのカタログ編者であるディヴィースは,本作品の,「家屋が風景に比べて大きく設定され,中寄りのひょろっとした木は画面の中で強調され,雲の形は簡素化され,シント・バーフ教会が地平線から省略されている」といった点がケッセル自身の作風と合致することから,積極的にケッセル作と考えている.ただし,この判定は(或いはスライブも)写真に基づいており,サイズを40.5x40.5cmと記載している.ケッセルのパノラマで制作年を記されているものは1点しかないが,本作品はケッセル後期の1670年頃と考えられている.

 作者がだれであれ,その作風は精緻で,本作品に描かれた日常の営み,それを眺める丘の上にすわる人(恐らくは画家自身),高みに舞う鳥は,日に輝くは白く陰には黒く,これらはオランダ風景画の牧歌的叙情を十二分にたたえていよう.
 
 近年の洗浄の結果,左下方に隠されていた黒雲の一部があらわれ,雲のより自然な流れと複雑な表情が巧みに描写されていることが判明した.