本作品の構図は画面の向かって左半分を占めて繁る樫の大木の木立ちと,一本だけ手前に生える巨木のさま−木立からはずれて,場所柄が悪かったためかかしげて育ちながらも,二またに力強くのびて行く−このいささか無理矢理とも見える幹のねじれの構図によって,その向こうに見える陽を浴びた丘を登場させている.3本の道は中央と左右に消失点を与えられ,奥行きのある空間の完璧な構図が完成している.そして,左の道の奥には犬を連れた男,右の道の先には語らう3人の人物を小さく描いて,自然の中での人間の存在の小ささが示されているかのようである.このような大きな森に開けた道が続く構図はライスダールの弟子であるマインデルト・ホッベマが1660年代前半に好んで描いている.
1899年のカタログやデ・フロートの記述には,「前景に牛が描かれている」とあるが,じつは19世紀の趣味で後に描き加えられていたものらしく,ローゼンベルグが検分した際には消されていると記述されている(1928年).これは当館でのX線写真で,塗り消されたのではなく洗浄で消されたことが確認されている.ちなみに現在一匹だけ前方を駆けている犬は,その後の新たな加筆と考えられる.古典絵画ではこのようなことは珍しくない.
ヤーコプ・ファン・ライスダール「森の風景」(1900年頃のカタログ写真より)
葉々や空の絵具層に洗浄過剰な部分があるのは残念であるが,空のハイライトの部分に葉が重なるところは,あらかじめ白い絵の具を厚塗りしてからあとで葉を重ね塗りすることによって葉と空の光の強いコントラストを生出すライスダールの制作過程がわかる.画面全体を支配する暗緑色と褐色の色調に浮かび上がるハイライト部分の鶯色,右奥遠景の山並みの青緑色は,1652年の年記のある「大きな樫の木」(ロス=アンジェルス郡立美術館蔵)にも共通しており,本作品の樫の巨木のドラマチックな構図の完成度も1950年代の作品群の特徴で,R.K.D.のM.キンケルデル博士によれば,中央にハイライトがあることからも50年代前半に描かれた可能性が高いとのことである.
ヤーコプ・ファン・ライスダール「大きな樫の木」(画布 85x104cm,1652年;ロス=アンジェルス郡立美術館蔵 カーターコレクション;Slive380・Ros.339)
ヤーコプ・ファン・ライスダール「森の風景」(画布 61x76cm;現所在不明;Slive348 1660年頃?)
ヤーコプ・ファン・ライスダール「森の風景」(画布 41x67cm;Drumlanrig城;Slive340 1660年頃?)
1928年のローゼンベルクのカタログに挙げられた673点のうち,森の風景は143点が知られ,サイズの記載のあるもので横幅1m以上の作品としては15点のみで(勿論フリック・コレクションの所蔵作品のようにサイズ未記載のものの中にも大画面のものもあるが),編年の時点で既に半数が主要美術館に所蔵されていた.
ヤーコプ・ファン・ライスダール「橋のかかった川べりの森」(画布103x127cm,1652年;フリック・コレクション蔵N.Y.;Slive511・Ros.393)
その後,日本でも国立西洋美術館が「樫の森を行く道」を購入している.この作品についてはローゼンベルグが初め疑義を唱えていたが,1960年代の洗浄で多くの加筆が取り除かれ,署名も確認されるとともに疑義は撤回された.ただし,前景はひどく損傷していると述べられている.
ヤーコプ・ファン・ライスダール「樫の森を行く道」(画布103x127cm;国立西洋美術館蔵;Slive430・Ros.388"doubtful")
ここで,当館の作品に戻り,2001年に出版されたSlive博士のライスダールのカタログ・レゾネには,1930年代頃の「写真で判断する限り,アクセントが散在していること,手前左の木の幹が捻れていること」から,ライスダールへの作品帰属をquestionableとせざるを得ない旨の言及がある.この表現は,他の否定された作品における拒絶の表現よりは慎重かつ極めて控えめであるのも事実である.ちなみにローゼンベルグは本作品を自身の眼で確認してライスダールとしている.
Slive博士の疑問点については,ここに参考図版として掲載した作品群においてもアクセントの散在は認められること,例えばインディアナポリス美術館の作品のように,ライスダールには幹が捻じ上がるように描かれた作品も少なくないことから,反論もありえよう.館長としては,ローゼンベルグに従い,かつ自身の判断としても,ヤーコプとして何ら問題は無いと思われる.その上で,ローゼンベルグと西美の作品とのように,本作品のコンディションも考慮すれば,Slive博士が実作品を見て判断される日を待ちたいと考える.
ヤーコプ・ファン・ライスダール「樫の木と小屋のある大きな池」(板43x55cm,1652年?;インディアナポリス美術館蔵.;Slive502・Ros.441)
ところで,木々の葉の描き方であるが,いわゆるエルスハイマー流ではパウル・ブリルやレンブラント前派に見られるようなブロッコリー状に描かれ,上述のフランドル派の多くでは葉の一枚一枚が様式的で緻密に描かれ,フロームは両者を使い分け,ホイエンは初期には単調で粗大な斑点状に筆を重ねる様式,サロモン・ファン・ライスダールも初期にはホイエンに似るがやや細かく,1640年代頃からはかなり細かい楔形で筆を重ねる様式になっている.これに対しヤーコプは比較的初期から小さめの斑状で筆を重ねていると思われ,本作品でも,近くの大きな木の葉は大きめの,遠くの木の葉は小さめの斑点で表現している.