この主題は,旧約聖書「創世記」24章にあるイサクの嫁取りの話で,父アブラハムに差し向けられた下僕エリエゼルが,井戸端でラクダにも優しく水を飲ませてくれたリベカを見出し,同伴してカナンの地に立ち戻り,野で瞑想していたイサクに引き合わせている場面である.
イサクがリベカに顔を見せるよう急かしている様が巧みに表現されており,リベカは求めに応じてウ゛ェールを上げようとするが恥じらいのためかイサクを直視していない.先頭を行く二人の少女たちは髪に花と巻き貝の飾りをつけ,手には,良き嫁を連れ帰ったことを祝って,ローマ風の勝利の凱旋のモチーフを重ねたシュロの枝を持ち,二人で花籠を抱え,結婚の祝いの雌雄の山羊を引いている.これに続くやはりローマ風の旗指物をもった隊列の画面中央に,設定通りラクダに乗り隊商然としたエリエゼルが配され,彼はリベカを促しながらアブラハムの到来を指し示している.左手から知らせを聞いたアブラハムが駆け寄ってくる.傍らに,犬がはしゃいでいる.そして,その後方,遠景には水辺と城塞が描かれている.
右端に描かれた兵隊長とおぼしき人物だけは画面の外を向いているが,聖書にはこの様な人物は登場しない.画家は,この人物から左端のアブラハムへと遠近法を用いることによって,この人物を強調すると共に,主題の人物群との間で画面上のバランスをとっている.これらを考えあわせれば,あるいはこの人物は絵画制作の依頼主で,自身を画家に描かせたのかもしれない.また,よくみると,ハイライトのあたっていない背後にも複数の人物が描かれている.
旧約聖書に取材した人物群像の対話の場面設定はレンブラント前派の得意とするもので,前景の草の描写,背後のアダム・エルスハイマー風のブロッコリーの様な木々の描き方や遠景の導入もこの様式そのものである.本作品はR.K.D.のファイルでも,同派の中心でレンブラントの師でもあったピーター・ラストマンの周辺画家の手になるものとされている.ローデンブルフが残した1618年の文献でアムステルダムのラストマン周辺にいたレンブラント前派に属する画家は,クラース・コルネルスゾーン・ムーヤールト,ヤンとヤーコプ・ピナス兄弟,ヤン・テンナッヘル(1584-1635),フランソワ・ウ゛ナンが挙げられる.この中で,本作品のリベカの顔つきや衣装の柄模様などの細密な仕上げはテンナッヘルの作品との近縁性が感じられる.テンナッヘルの作風で本作品のような構図は1610年代に認められるが,その後は自身のスタイルを確立し,人物像が画面全体を占めるようになってゆく.