本作品のモチーフは,ギリシア神話の題材からオヴィディウスの「変身物語」T,668-721による.主神ユピテルがアルゴス王イナコスの娘イオを見初め,雲に姿を変えて彼女を誘惑しようとしたとき,妻のユノに見とがめられそうになったので,とっさにイオを白い牝牛に変えてごまかそうとしたが,不審に思ったユノはその牝牛をもらい受けて,百目の巨人アルゴスに監視させた.ユピテルはメルクリウスにイオの救出を依頼する.アルゴスの目は常にどれかが開いているので,メルクリウスは眠りの笛を吹いてアルゴスをまどろませ,その隙に彼の首を取った.ユノはアルゴスの忠義を悼んで,自分のペットの孔雀の羽にアルゴスの目をつけた.これが孔雀の羽模様の由来である.
ボルの注目すべき独創性は,カーレル・ファン・マンデルの「高貴で自由な絵画芸術の奥義」にある画面分割の助言に従うが如く,画面内で木々を巧みに配することによって遠近法を部分的に変化させ,これによって物語の時相の異なるシーンを一画面の中の空間の移動によって再現させえた点にある.
1580年代にアントウェルペンで制作されたハンス・ボルの一連の細密風景画は,その8点がドレスデン絵画館に収蔵されており,殆どが1580-87年の年記があり,約14x21cmの板に置かれた羊皮紙に描かれている.本作品もこれらのグループに属すると考えられる.