ヘイセルス(1621-1690)はアントワープで活躍した画家で,得意としたのは遡ること半世紀のヤン・ブリーゲル風の風景画,とくに村の風景であったが,同様にヤン・ブリーゲルやデ・ヘームによって完成された細密静物画にも優れ,アムステルダム国立美術館やエルミタージュ美術館に,屋外静物画の傑作が残されている.


アムステルダム国立美術館


エルミタージュ美術館

 さて,本作品は,ヘリット(ヘラルド)・ダウ(1613-1675)の1664年作の「思索する隠者」(現アムステルダム国立美術館所蔵)のモティーフによるもので,人物表現や持物はまったく同一である.

ヘリット・ダウ 「思索する隠者」 (板 33.5x27.5cm;1664年;アムステルダム国立美術館蔵 C128)

 私見ながら,とくにダウの真作では指の皺の描き方に特徴があり,他の細密描写に比して,特に初期作ではしばしば荒い仕上げになっていることが多い.ヘイセルスは良かれ悪しかれ,丁寧にこれを踏襲している.
 ヘイセルスがどのようにしてこのダウの作品に接するに至ったかは興味深いが,残念ながら,現在のところ,ダウ作品は1741年の売り立てまでしか遡れない.1650年にアントワープの画家組合に登録された後では,ヘイセルスが,改めてライデンのダウの工房に所属したとは考えにくいが,出入りしていた可能性は残るかもしれない.その中で,ヘイセルス自身が原画を所蔵したり,ダウとヘイセルスが共同制作したり,あるいは,収集家からの複製の依頼が動機になったか,など推測は尽きない.
 Gerrit Maasによる署名入りの模写がブダペスト国立美術館にあるらしい(板 47x37cm)が,これには動物が描き添えられているようで,大きさの点からも,本作品との関連がより深いように思われる[次回RKDで確認する予定].

 作品に戻って,ただの複製ならば細密画の技量を認めるだけだが,本作におけるヘイセルスのオリジナリティは,屋外の壇の前景に自身が得意としたカイウサギ・カエル・カタツムリ,小鳥や蝶などを配し,これらの生物が隠者の祈りに安らぎを添えるとともに,構図上の安定感を達成していることが重要である.よくみると,原画にはなかった蔦が木の幹に絡み,梢には葉がついている.





 ヴァータリングやメイエルといった現代の研究者が本作品をヘイセルスに帰属した理由は,主にウサギの表現様式が,はじめに述べた屋外静物画にでてくるそれときわめて類似していることによるらしい.



<本稿は後日加筆・改変予定です>