この作品は,ホイエンが自身の作風を完成した1630年代半ばの作品とされる.私見ながら,ホイエンの作品は1630年代半ばから40年代半ばにかけてが最も美しいと思われる.木々と廃屋(?)に連なる遠くの川岸が右上がりの対角線上に描かれこれに呼応する水面の線とで「二重対角線」の構図を形作っている.
 対角線の端に大きな木を置く構図は1630年代に多く,その後も少なからず認められる.建物を中景に比較的大きめに描く様式は40年代半ばに多く認められるが,これを中央に配する構図はホイエンとしては稀といってもよいだろう.
 葉の繁った木々の描き方は,20年代に見られた例えば当館の「鳩小屋のある河の風景」に見られる筆太のタッチから,30年代以降の細めの筆遣いに変わり,例えば1641年に描かれた「2本の樫のある風景」のように,英雄的に屹立する木をモチーフとした作品を髣髴させる.

ヤン・ファン・ホイエン「2本の樫のある風景」(画布88x110cm;1641年;アムステルダム国立美術館蔵

 その下には川岸に下りる階段があり,網を持った漁師が降りてゆく.川岸に係留された小舟にはすでに男が三人乗り込んでおり,岸に立つ友人と語らっている.遺構となった石積みの上から二人の男がこれを見下ろしている.その後ろに崩れかけながらもまだかろうじて人の住んでいそうな石造りの家が堂々と描かれている.
 木と廃屋と船出する人々の営み,これに左の河畔の遠景を加えて,ホイエン的要素が凝縮した一枚である.風景画のモニュメンタリティはヤーコプ・ファン・ライスダールによって確立されたというが,ホイエンの本作品にも同等以上の存在感を感じられよう.
 さらにいうならば,画面左下の水面をご覧戴きたい.廃墟の影が一筆書きでかかれている.その横に白い鳥が飛んでいる.これらもホイエンの才能の片鱗を雄弁に示しているのではないだろうか.

 例えばネイメーヘンのファルクホフ(鷹の館)は売れ筋だったらしく,1630年代半ばから40年代の終わりにかけて,ホイエン自身,右上がりの構図で20回以上も描いているが,本作品に登場する廃屋は,少なくともベックのレゾネには他には見受けられない.

ヤン・ファン・ホイエン「ファルクホフの眺め」(画布154x258cm;1641年;ネイメーヘン美術館蔵

 ホイエンは上塗りの絵具を相当薄く仕上げるので,本作品でも廃屋の壁などに黒チョークによる下書きが散見される.作品の製作過程を知る手がかりにもなろう.