本作品のオリジナルはハーグ(オランダ)のマウリッツハイス美術館にある.そして本作品はそのクォリティーが内外の修復家から非常によいと認められていることからも,17世紀中に制作されたレプリカとみられ,恐らくミーリスの工房作と考えられる.
 付け加えるならば,19世紀前半にスミスというイギリスの美術史家がオランダ・フランドルの著名画家の作品目録の集大成を出版しているのだが,本作品はその中で,フランス・ファン・ミーリス(父)自身によるレプリカと考えられていた2枚のうちの一枚らしく,残る一枚は英国王室コレクションにある.


F・ファン・ミーリス(父)「シャボン玉を吹く少年」(板26x19cm;1663年;マウリッツハイス美術館蔵)


F・ファン・ミーリス工房?「シャボン玉を吹く少年」(板21x16cm;1663年以降;英国王室コレクション)

 本作品は背景が一面黒く塗りつぶされているが,これは後世の加筆によるもので,右上方のつたが垂れ下がってきている部分も上塗りされてしまっている.興味深いことにマウリッツハイスにあるオリジナルにも同様の処理が為されていた時期があり,オリジナルにおいては現在この上塗りは洗浄されている.また,本作品においては女性の顔,とくに眉毛の形が当時の風俗とは異なって描かれているのも,この部分に後世の洗浄と加筆があったことを示している.
 それはさておき,これらの作品の主題については,多くの図像学的解析が為されている.古来(16世紀前半?)よりシャボン玉はヴァニタス,消え行くものの象徴,そしてそれは,若さという美しさ,恋や愛といううつろいやすいもの,ということで,少年の後ろに妙齢の御婦人が立っている,という趣向だという.奢侈を表す羽飾り帽,太陽を向いて咲くひまわりもやがて枯れ失せる,それに引き換え,かたつむりの歩みはのろく死すべき運命にあり,鳥かごは「籠の鳥」,恋の成就もありえないのだそうだ.

 この「シャボン玉を吹く少年」というテーマについては,F・ミーリスの師匠であるヘリット(ヘラルド)・ダウの貴重な作品が,国立西洋美術館にある.(ちょっと判りにくいが,判らないかもしれないが,少年の背後に黒褐色で描かれた羽がある.天使をあらわしているのか,この子は亡くなったということか?)

「シャボン玉を吹く少年と静物」(板48x40cm;1635年頃;国立西洋美術館蔵)

 主題に関心のある方は,森 洋子先生の「シャボン玉の図像学』(未来社1999年刊)という名著をご覧下さい.古今のシャボン玉をテーマとした作品を多数引用しながら,説得力ある解説で読者をとりこにします.