本作品はいかにも1630年代末のフリンクらしい様式で描かれた男性肖像の好例である.ここで描かれているものと同じ鍔広帽を被った男性の肖像(1640年作)がティッセン・ボルネミッサ・コレクションにある.
 この他,ロンドン・ナショナルギャラリー(1639年)の作品,個人蔵(1636年)の肖像画などにも顔の造形に類似点が多く,髭の生やし方も当時の流行かもしれないが共通している.
 これらの作品では顔をやや斜に,鑑賞者のほうに眼差しを向けながら,光は右から当てられている.レンブラント様式の特徴であるが,研究者によってよく言われるように,ヴァン・ダイクからファン・デル・ヘルストに承継される洗練さを取り入れつつあるようだ.私見では,最後の作品や本作品の顔立ちにはやや愛嬌のある紳士といった印象も感じさせ,これはフリンクの肖像画様式のひとつといえるかもしれない.
 モルトケによれば,この時代のフリンクは下塗りが乾く前に絵具を重ねているらしい.「ショールをまとった若い女性の肖像」,本作品,「アンドリース・デ・フラーフの肖像」の3枚を比較すると,それぞれ10年の間隔でフリンクの様式の変化がよく分かるであろう.


 フリンク 「鍔広帽を被った男性の肖像」(板 67x55cm,1640年;ズモウスキno.695;ティッセン・ボルネミッサ美術館蔵)

顔面の暗部はやはり過剰な洗浄による絵具落ちが認められる


 フリンク 「男性の肖像」(板 66x54cm,1639年;ズモウスキno.666;ロンドン・ナショナルギャラリー蔵)

 フリンク 「男性の肖像」(画布 66x53cm,1636年;ズモウスキno.658;個人蔵)