レンブラントとその周辺画家の描いた,物語風の装束をまとった若い女性の肖像はしばしばレンブラントの妻サスキア(Saskia Rombertusdr. van Uylenburch;1612-1642;1634年結婚)の肖像として伝承されてきた.これに対し,表情を普遍化して描いたおもに頭部の習作をトローニーと呼ぶ.本作品が,サスキアか最近ではレンブラントの妹(Li[j]sbeth Harmensdr. van Rijn)という解釈もありうる特定の人物の肖像であるのか,トローニーであるのか,またはレンブラント派がしばしば制作した「肖像画の物語的トローニー化」という中間的存在なのか,本作品自体の研究は未だ進んでいない.
 バルダスは1950年出版の文献において本作品をレンブラント作とし,当時レンブラント作とされた「サスキアの肖像」(ヴァージニア美術館蔵;Bredius92)と比較検討しているが,ブレディウスは,本作品をレンブラントの所在不明のオリジナルに基づく(恐らくフリンクによる)古い模写であると考えていたらしい(R.K.D.の資料に基づく).


「コノッサー」表紙(バルダスの文献,1950年出版の美術雑誌)


ホーファルト・フリンク?「サスキアの肖像」(板21x17cm;ヴァージニア美術館蔵 リッチモンド;Bredius92)

 モルトケは,恐らくバルダスの文献挿図に基づく鑑定で本作品をフリンク作としている.これは,ワシントン・ナショナル・ギャラリーのフリンクによるレンブラント作の模写素描Saskia(ワイドナー・コレクション)の髪の羽飾りやヴェール,フリンクの1635-40年頃の作とされる「羊飼いに扮した女性の肖像」(メトロポリタン美術館蔵)の顔の描き方やヴェール,「幻想的な衣装をまとった女性の肖像」(板 68.5x53cm,ハートフォード, Wadsworth Atheneum蔵)の衣装,「金鎖りと真珠の飾りをつけた若い女性の肖像」(ブエノスアイレス国立美術館蔵)などとも類似点が認められることからも妥当であろう.
 フリンクは,レンブラントのもとで1633年から3年間修業し,1636年に独立しているので,本作品もその前後に描かれたものと考えられよう.


ホーファルト・フリンク「サスキアの肖像」(板70x49cm;米国個人蔵・・・2002年のオークションで,二番手で買えなかった作品.残念)


ホーファルト・フリンク「羊飼いに扮した女性の肖像」(画布 67x51 cm,ニューヨーク, メトロポリタン美術館蔵)


ホーファルト・フリンク「金鎖りと真珠の飾りをつけた若い女性の肖像」(画布 63x56cm,ブエノスアイレス国立美術館蔵)


ホーファルト・フリンク「羊飼いに扮したサスキア」(ヘルツーク・アントン・ウルリッヒ美術館蔵)


レンブラント「フローラに扮したサスキア」(画布124x98cm;1635年;ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵;Bredius103)


ホーファルト・フリンク「ターバンを巻いた女性の肖像」(デボンシャー・コレクション)



ホーファルト・フリンク?「サスキアの肖像」(板65x49cm楕円形;フリース美術館 オランダ政府美術庁蔵)