「栄光のオランダ・フランドル絵画」展

    2004年4/15-7/4 @東京都美術館
       (7/17-10/11 神戸市立博物館に巡回)

 一般の初日に展覧会に行ったのは今回が初めてだったかもしれません.午後3時ごろで,混みあっているかと思ったのですが,案に反してかなりゆったりと見ることが出来ました.後で知ったのですが,講演会が催されていたためかもしれません.


☆概要
「絵画芸術」展と呼ぶべきかも知れない.
 ウィーン美術史美術館秘蔵のフェルメール「絵画芸術」を目玉に,数点の傑作と20点ほどの優品と,ほか30点ほど.大公レオポルド・ウィルヘルムの収集が半数弱を占めています.


☆見どころ
1.16世紀ネーデルラント絵画・・・厳密に言えば16世紀絵画といえるのははじめの数点だけ.17世紀フランドル絵画との区別が厳密でなく,作品数から便宜的に分けている感が強いですね.オーストリア・ハプスブルク家のルドルフU世の収集品を前面に出したいはずですが,それ以降の作品が含まれてしまっています.

・ルーラント・サーフェリの「動物たちを魅了するオルフェウス」が出色.サーフェリはルドルフU世の宮廷画家として,遷都後のプラハで活躍しました.
・北方マニエリストを代表するスプランヘルも,ルドルフU世の宮廷画家としてウィーンで活躍したのですが,彼の3点のうちでは,個人的には精緻な小品のほうが素敵ですね.
ヤン・ブリューゲルT世の花卉(かき)画も傑作.ダイヤモンドが落ちているのに気付きましたか?
 昨年の芸大美術館での展覧会に出品されていたのとは別バージョンです.ヤンT世はヤンU世の父親で,技術的にも構想的にもはるかに優れた画家でした.この作品はレオポルド・ヴィルヘルム大公の収集品のようです.
・四大元素の寓意画は17世紀はじめのフランドルでは売れ筋だったのです.本作は共同制作(コラボレーション)で,
 ヤン・ブリューゲルT世が描いた風景と生物が精緻で美しいのですが,バーレンの人物はいまひとつ.地(豊穣の角を持ったセレスが中心に描かれる)・水(傍らにアングルの「泉」のポーズで立つ海の女神)・火・大気(大気は飛翔する女神だが,火の女神は難解.火は大気を上昇させるので,抱き合って黄の装束を着た女神で象徴されるが,通常は松明を持ったり,髪が火炎になったりして描かれる).
・サイフェの「野菜市場」は虚構の組み合わせですが,7・8月の寓意は架けられた農耕の月暦を示す画中画に表されています.
・作者不詳の「愛」を主題にした楽士のいる風景も,読み解きが面白そうですが,画中にラテン語でamor(愛)・ver(春)と描かれています.
・ヴィンゲは私の知らなかった画家ですが,「アペレス」(史上初の画家とされるギリシア時代の巨匠)は,「絵画芸術」との対比の意味で展示されているかのようですね.

2.17世紀フランドル絵画・・・ここでの作品群は,ルーベンスとその周辺画家と呼ぶほうが合っているような気がする.

ヴァン・ダイクの宗教画「マリアとヘルマン・ヨーゼフ・・・」が出色.しかし聖母の白魚のような指の細さといったら....
 また,ダイクの「スクリバーニの肖像」もいいが顔色不良ですかね.没後に描かれた作品ではありますが...
ルーベンスは躍動感のある作品がないのが残念.仕上がりからは「隠士とアンジェリカ」がよいが,人体のモデリングがみぞおちで捻じれています.
 最晩年の自画像からはレンブラント作品のようなインパクトを受けません.彼はリウマチを患っていたので,左手の指位にそれが少し現れているようですね(痛風にかかっていたのも事実ですが,手指の変形は関節リウマチに特徴的).
・ここで急にフィリップ・ド・シャンパーニュの宗教画が現れると,作風からもフランス派であることからも違和感はあるのだが,悪くはないです.
・シベレヒツは好きでない画家だったのですが,左方の瓶を頭に乗せたおばさんがこちらをみているのがスナップショット風で新鮮でした.
・アドリアン・ファン・ユトレヒトのgame paintingもよいが,西美にもありますね.
テニールスはお好き? ダフィート・テニールス二世はブリューゲル家と外戚で,大公レオポルド・ウィルヘルムのキュレータ兼宮廷画家として,出品作のような農民風俗を貴族に披露するような絵画を多く手がけています.一般的にはユーモアのある作品が多いのですが.
 テニールス家も多くの画家を輩出していますが,今回はダフィートの末弟であるアブラハム・テニールスの「猿の床屋に猫が来る」の方が面白いですね.腕を釣った猫が来ているのは,床屋が外科医を兼ねていたから.赤青白の看板の起源です.

3.17世紀オランダ絵画

レンブラント作とされている2作品は,弱いですね.
「1655年の自画像」は,私見では描写の弱い疑問作と思えたのですが,Bredius(44)・Gersonはレンブラント作と認めているものの,テュンペルは長らく否定しています.RRP(レンブラント・リサーチ・プロジェクト)の判定はいまのところ刊行されていません.
「使徒パウロ」は,一見してフリンクのようで,手はいいとしても顔が硬過ぎます.Bredius(603)以後,MoltkeやGersonら多くの学者はフリンクに帰属するのがもっとも妥当としており,自分の眼に安堵しました.
ダウは優品.コンディションも予想したよりずっとよいようです.
サロモン・ファン・ライスダールの風景画は1630年代初のやや若描きですが,この時代の作品もやわらかい筆遣いに色彩も新鮮で好きです.盟友のモレインの作品はおそらく二分割された片割れでしょう.
ヤーコプ・ファン・ライスダールの「渓流(滝)の風景」は晩年の作でこじんまりして来ていますが,なかなかです.
・イサーク・ファン・オスターデ作とされた風景画についても,中央に大木を配した構図に違和感を覚えています.大画面に村人達と白馬がいて素朴な作風はまさにイサークなのですが,彼にはもっといい作品があり,顔の描き方はイサークとは異なった印象を受けました.
・ワウエルマンもよく白馬のモティーフを描きますが,大画面のほうはいいですね.
テル・ボルフの「林檎の皮をむく女性」も彼の代表作ですが,コンディションがあまりよくありません.ただ覗き込む子供の表情は出色です.
・ヤン・デ・ヘームの代表作のひとつだと思いますが,聖体に磔刑のキリストが描かれていたのですね.豊穣の角に見立てた稲穂の束の質感はいまひとつですが,果物は流石です.
「絵画芸術」は特別な青い空間に配置されてましたね.BlueHaevenのTakさまのところにすばらしい解説がありますので,詳細はそちらをご覧くださいませ.

 最後に,少し自慢話.以前お書きしたかもしれませんが,当館のケッセル作「滝のある風景」はかつてヤーコプ・ファン・ライスダール作として,ウィーンのツェルニン伯のコレクションに収蔵されていたのですが,今回来日の「絵画芸術」も1813-1940年の間,同コレクションにあり,同じ空気を共有していたのでした.


☆図録
 購入した図録の解説は,ウィーン美術史美術館の絵画部門長と学芸員のお二人が執筆されたものの邦訳で,上記3点などの真筆性には疑問もある,と記述されていましたが,展示会場では疑義については一切触れられていません.
 図録の作成には,神戸市立博物館側が中心に(または殆ど全部?)あたったように読み取れます.美術史美術館の提示をそのまま受け入れているようで異論もありえますので,connoisseurな鑑賞者はぜひ図録を一読されることをお勧めします.