この主題は,旧約聖書「列王紀 下」4章8〜37節にある.エリシャは,彼らを饗応してくれたシュネムの婦人に望みどおり息子が授かるだろうと預言する.ところが,その子は,成長したある日,頭痛を訴えて息絶えた.婦人は召使いとロバを連れてカルメル山のエリシャのところへ行き,彼の足にすがりつくが,下僕のゲハジはこれを遠ざけようとする.本作品はエリシャがゲハジを制して婦人の頼みを聞こうとしている場面である.まず,エリシャはゲハジに杖を持っていって死んだ子の顔の上に置くよう指示するが,子供は生き返らず,婦人はエリシャ自身の来訪を請うた.そこで,エリシャは主に祈り,死んだ子の身の上に二度体を重ねたところ,子供は生き返った.

 この主題は,本作品同様,救いを乞うシュネムの女とこれを押しとどめるゲハジをエリシャが制する場面設定で描かれることが多く,例えば,ラストマンによる作品がプーシキン美術館にある.

ピーテル・ラストマン「エリシャとシュネムの女」(画布74x125cm;モスクワ,プーシキン美術館蔵)
シュネムの女の両手を投げ出したポーズはレンブラント前派にしばしば認められるものである.

クラース・コルネルスゾーン・ムーヤールト「エリシャとシュネムの女」(板34x44cm,1624年以前;モスクワ,プーシキン美術館蔵)
 本作品も女のポーズは共通しているが,構図はこれらの作品と異なっている.また,エークハウトの一作品では,原典通り,女はエリシャの足にすがっている.

ヘルブラント・ファン・デン・エークハウト「エリシャとシュネムの女」(画布110x155cm,1664年;ブダペスト国立美術館蔵)
 そして,これらの作品の殆どでエリシャは杖と書物を持っているが,本作品では,残念ながら,これらの持ち物が見あたらない.

 ズモウスキは修復前後の写真を見た上で,本作品をヤーコプ・ピナスによる重要な作品と考えている.本作品のエリシャの威厳ある顔つきと髭をたたえた禿頭はピナスの「国を復興したネブカデネザル」の人物に類似している.

ヤーコプ・ピナス「国を復興したネブカデネザル」(板73x 123cm,1616年;ミュンヘン, Alte Pinakothek蔵)
 右下の草の描写,背景のブロッコリー様の木々の葉や垂れ下がる蔦,ロバや瓢箪の描き方などもレンブラント前派的である.エリシャの頭の後方の枝が残った枯れ木は,フランドルのトビアス・フェアヘクトの作品などによく見られる.
 私見ながら,ここに描かれたゲハジの容貌は,ピーテル・ラストマンの作品に出てくる青年像と酷似している.共通のモデルを使っていたか,あるいは本作品がラストマンに帰属する可能性もあるのか,面白いところではある.

ピーテル・ラストマン「魚を捕らえるトビアス」(板より画布へ移行 78x102cm,1613年;レーヴァルデン,プリンセスホフ美術館・オッテマ・キングマ財団コレクション)

ピーテル・ラストマン「パトモス島の福音書記者ヨハネ」(板 36x27cm,1613年;ロッテルダム,ボイマンス-ファン・ブーニンゲン美術館蔵)