この主題は新約聖書「ルカ伝福音書」2章にあり,ベツレヘム近郊で夜番をしていた貧しい羊飼いたちの前に天使が現れ,救世主キリストの生誕を告げる場面である.
 全体の構図や状況設定はレンブラントが1634年制作した同名の銅版画に由来しており,フリンクもこれに基づいて大作を描いている.

レンブラント「羊飼いへのお告げ」(銅版エッチング26x22cm;1634年
)
ホーファルト・フリンク「羊飼いへのお告げ」(画布160x196cm;1639年;ルーブル美術館蔵)
 これらの作品では,羊飼いたちは天使の出現で驚きと畏怖を顕わにしているのに対し,ヴェットの本作品では畏怖から畏敬に移り,さらに天使を迎えようとする信仰心へと情感が変化しているようだ.これと呼応するように,中ほどに描かれた乳飲み子を抱いた女性は青と赤の衣をまとい,穏やかに天使の出現を受け入れている.ここに,ヴェットは聖母子像を独自の解釈で重ねて描いていると見て取れる.ある意味では「羊飼いへのお告げ」と「羊飼いの礼拝」の図案が一体化しているような錯覚に陥りそうである.
 ヴェットの同一主題の作品はこのほかに3点が知られている.1点はやや大きく縦長構図でかつてグラ-ツの絵画館にあったらしい.他の2点は縦長(構図的にはもっともレンブラントに近い)と横長構図である.

ヤーコプ・デ・ヴェット「羊飼いへのお告げ」(板46x37cm;現所在不明)

ヤーコプ・デ・ヴェット「羊飼いへのお告げ」(板35x40cm;1651年;現所在不明)
 この2点とも天使と羊飼いの左右の位置関係はレンブラントの銅版画と同じ向きで,天使のポーズはすべて異なり,乳飲み子を抱えた女性は驚愕や畏怖を感じている.構想の推移を推定するのは困難ではあるが,本作品が最後に位置するかもしれない.

 「羊飼いへのお告げ」の後,3人の羊飼いが,急ぎ,聖母子のところへ礼拝することとなる.

レンブラント「羊飼いの礼拝」(画布97x71cm;1646年;ミュンヘン,アルテ・ピナコテーク蔵)