大天使といえば,堕天使と戦いアダムとエヴァの楽園追放に加担したミカエル,受胎告知で登場するガブリエルも有名だが,ヘルデルが好んだ旧約聖書の場面で温厚な役どころならば,やはりラファエルということになるのかもしれない.外典トビト書によると,眼病を得て死を覚悟したトビトは息子トビアスを旅に出すが,トビアスはラファエルの導きにより魚の肝を得て,ついにトビトの目を治すことができた.このほか旧約聖書の場面としては,アブラハムやマノアの前に訪れた天使やヤコブと相撲を取った天使なども登場する.
 モルトケは本作品の制作年を1680年から85年としているが,天使の顔や衣の描き方は,1685年の年記のあるアムステルダム国立美術館の「エルネストゥス・ファン・ベフェーレンの肖像」やボイマンス-ファン ブーニンゲン美術館にある同じ頃の作品とされる「アブラハムを訪問したエホバと天使たち」のエホバと類似点が見出せよう.また,モデルの容貌はポール・ゲッティ美術館の「ゴリアテの剣を受け取るダビデ」にも似るが,こちらは1700年ごろの作とされる.
 現在の額は裏板の形状から縦11cm,横8cm程が縮められていると考えられ,これは1965年の時点でのサイズとの差と一致する.裏打ち布に残されている,「板から画布に移された」という記載はいつの時点での修復か不明だが,この間である可能性も考えられよう.今回撮影されたX線写真で,天使の左下方に塗りつぶされた部分があり,構図の点からも更に大きな画面からの断片なのかも知れない.