当代のカイプの研究者チォンによれば,本作品は1644年頃の作とされ,この時期のカイプらしい柔らかな筆致と色使いで仕上げられている.暖かみのあるクリーム〜褐色調の中に水の緑,牛飼いの衣服の赤,先頭の黒い牛が印象的である.
本作品の構図は,カイプのcontre-jour「逆光」様式の初期を代表するアムステルダム国立美術館所蔵の「丘陵風景の中の2人の馬上の人物」に極めて近く,牛の群れと羊の群れが前〜中景で好対照をなし,右やや上方の廃墟から左下がりに河へとくだってゆく対角線の構図である.
アールベルト・カイプ「丘陵風景の中の2人の馬上の人物」(板66x90cm;1645年頃;アムステルダム国立美術館蔵)
(部分)
しかし,この絵でカイプは馬上の人物に代えて,石橋の上を渡ってゆく牛たちを描きたかったのではないかと思われる.そして,左手前の石橋と右手やや奥の廃墟,その遠景の山岳(この頂上にモンペルやザフトレーヴェンのような城がある),さらに左手に戻って遙か彼方に水平線の見える河,といった広がりと奥行きを描きあげている.傾いた光の中で人々の影は長く伸びており,画面は黄金色に浮かび上がってゆく.
本作品での光のコントラストは,水平線上の黄昏の光とその逆光下で陰影となった前景におかれているが,地面へのより強い光の照射があったならばよりカイプらしい作品となったことであろう.
デ・フロートによれば,橋を渡る牛の風景のモチーフは11点が確認されており,このうちno.
419aは,
板,191/2x28インチ,1839年10月28日売立て;左側に,城の廃墟が丘の麓にあり,牛が数頭,河にかかる橋の上を追われている.中景に羊を連れた羊飼い達がいる.
と記載されているが,デ・フロート自身はこの作品を見てはおらず,「左側」という記述が,セールカタログが印刷で左右逆であったとすれば,本作品を記述している可能性が極めて高いように思われる(本作品は19.5x28.6インチ).